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能と狂言1

先日の文学講座、第1回目の講義は、「能と狂言」の総論的な内容でした。
内容そのままをここに書くのは退屈なので、私が面白いな~と感じたことを徒然と。

能と狂言というのは、室町時代の前半辺り(南北朝時代)にはほとんど現在に近い形まで完成していたそうです。
約650年くらい昔のこと。
今では「能楽」と言いますが、当時は「猿楽(申楽とも)」と呼ばれておりました。
「猿まねの芸能」→「猿楽」になったという説や、「散楽」という芸能から派生して「猿楽」になったとか、いろいろ説はありますが、「猿まねの芸能」の方がそれらしいなあと私は思っています。

というのも、最初の頃は、今のように幽玄な舞台ではなくて、笑い要素を多分に含んだ「劇」だったからです。
「能と狂言」と、あたかも「能」の方が先に出来上がったかのような印象ですが、先生によれば、もともと狂言的な音楽劇だったのが、世阿弥という天才の出現によって、今のような形に変わっていったのだろうと。

この世阿弥という人の名前は、歴史の教科書にも出てきますね~。
観阿弥・世阿弥とセットになって書かれることが多いですが、世阿弥は観阿弥の息子さんです。
観世元清というお名前で、現在まで続く能楽界の最大流派「観世流」のご先祖。

この世阿弥さん、幼い頃から花も恥じらう美少年であったらしく、12歳の時、室町幕府の将軍足利義満公に見初められたというのは有名な話です。
ちなみに義満公は、この時18歳だか19歳。
まあ、男色は武士のたしなみということで、当時は普通でした。
(余談ですが、武田信玄公が高坂弾正(♂)にラブレターを送っていた・・・というのは地元でも有名らしい)

さて、今でこそ能楽師というと高雅な雰囲気が漂いますが、室町時代は「犬以下」の扱いを受けていた身分の低い芸人でしかありませんでした。
しかしながら世阿弥さんは、室町将軍の小姓となって、和歌・連歌・蹴鞠や香道などなど、貴族的な教育を受けることになったわけです。
当時最高の知識と教養を得た世阿弥さんは、それまでの「猿まね」的(←庶民的)な舞台から、将軍や武家・公家社会に受け入れられる幽玄な舞台へと作り替えていったのでしょう。
「夢幻能」という形式を作ったのはこの世阿弥さんですが、夢幻の中で源氏物語や伊勢物語などのエピソードを散りばめていったわけです(←つまり、夢オチなんですけれどね)。

ちなみに、世阿弥という人は、役者であり、脚本家であり、プロデューサーでもありました。
彼が作った能の中に「井筒」という有名な演目がありますが、ほとんど変わることなく、今でも演じ続けられています。
現在でも演じられている演目は180曲~250曲くらいあるそうなのですが、その半分以上が、室町時代が終わる頃までに出来上がっていたそうです。
新曲というのは、ほとんどできていないらしい。

その後、江戸時代に入ると、能楽は将軍や大名によって保護されました。
江戸城では、ほとんど毎日、何かしらの舞台が行われていたそうです。
本丸に二つ、大奥にも一つくらい能舞台が設けられていたそうですからね。
新しい演目が作られることはほとんど無いかわりに、どんどん洗練された舞台になっていきました。
庶民の間で歌舞伎が流行っても、能楽は幕府の儀式に用いる「式楽」だったので安泰。
庶民に縁遠い芸能になっていったのも、こういう怠慢さが原因なのだそう。

明治維新が起こると、幕府や大名に保護されていた能楽界に衰退の危機が訪れますが、明治政府の高官や財閥の皆様にまたまた保護されました。
本当の危機が襲ってきたのは、太平洋戦争~現在。
観客動員数は、今では歌舞伎の1/10くらいなのだそうです。
有権者に保護されて安穏としていたツケが、戦後になって回ってきたらしい(←先生の意見です!)。

例えば、国立能楽堂の観客席は約700席くらいなのですが、満席になる舞台はほとんど無いそうです。
1日2回公演をやって、両方満席にできるのは、今の能楽界では野村萬斎さん(←狂言師)だけ。
能・狂言という単語は知っていても、実際の舞台を観に行った事のある人は、ほとんどいないんじゃないだろうか・・・と、先生は憂慮されておりました。
特に若い人はその傾向が顕著であろうと。
同じ古典芸能であるとはいえ、歌舞伎の人気に比べると、能楽はかなり寂しいな~とのこと。
(そのうち無くなっちゃうんじゃないかなあ・・・と心配もされていました)

こういう流れを書いてみると、世阿弥の時代から変わらなかった事が、現状を招いているような感じですね。
世阿弥が、将軍や武士・公家に受けるように、幽玄の美を目指したのは、芸能の世界で生き残るためだったと思うのですよ。
それでも当時は、今の舞台よりも遥かにテンポ良く進んでいて、眠くなるような事はなかったのではないかと。
世阿弥の時代の舞台を1とすれば、現在の舞台は2.5倍くらいの長さに引き延ばされているという話も聞きます。

ともかく、権力者に愛される芸能にしようと室町時代の世阿弥は頑張ったわけですが、平成の世は庶民の時代。
さらには娯楽も沢山あって、あえて能楽を観ようという人は減る一方なわけです。
音楽劇だけをとっても、オペラ、バレエ、ミュージカルなど、選択の幅は広くなりました。

着物も、着る人がだんだん少なくなっているし、伝統というのは、積極的に守っていかなければ、衰退していくものなのかなあとも思います。
なので、興味を持つ人を増やして、どんどん広げていかなきゃいけないんでしょう。
能・狂言の場合は、もっと敷居を低くして、若い人たちに観てもらうようにしなければいけない・・・と、能楽界では考えられているようです。
(薪能は、入り口って感じでしょうか)
あとは海外進出でしょうかねえ。

↑こういう事情もありますから、少しでも興味がおありの方は、ぜひ薪能や能楽堂に足を運んでみてください。
難しそう・・・とか、眠っちゃいそう・・・というご心配もあるかとは思いますけれどね。

ちなみに、私が能に興味を持ち、実際に舞台を観に行ったきっかけは、室町時代をいろいろ調べていくうちに、世阿弥という人に興味を持ったからなのでした。
歴女というほどではありませんし、戦国武将にあんまり興味は無い(←信玄公は地元の英雄です!)んですが、何故か室町時代だけ(平安時代も好きだけど)マニアックに好きです。
まあ、基本的に私の趣味は偏りまくりなんですけれどね~。

とりあえず、今日は能・狂言の歴史・・・みたいな記事になりました。
資料で確認してないので、間違った記載がありましたらごめんなさいです。

写真が無いと寂しいので、最後にお嬢の写真を。

お嬢

久しぶりに、ちょっと可愛い写真が撮れました。


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コメント

おはようございます。

 能と狂言、興味深く読ませていただきました。歌舞伎より歴史が古くて、将軍や大名に守られたいわば、ブランドの音楽劇だったのですね。
 着物が好きになってから、歌舞伎も興味を持つようになりましたが、その延長線で能も見てみたいと思うようになっています。もともと歴史はあまり得意でなかったので、私に理解できる部分がどれほどあるかわかりませんですけどね。

 あゆさんのご説明がとてもわかりやすくて、私の能入門記事というとことで大事に取っておきたいですね。
 日本の伝統文化という点では、存続していく難しさはありますよね。茶道でも、三味線(長唄・端唄)でも、家元制度というか、あまりに上下の関係に気を遣い、お金を使う制度だと広がりはないですよね。我が社中の習い事は、先生が気さくで、制度としてうるさくないし、お金もあまりかからないようにしてくださっているので、生徒も集まってる気がします。
かといって、お家元にお金を上納するようなスタイルを崩すと、伝統継承という点で難しさが出るんでしょうかね?
でも、庶民としては、お金は安く、わかりやすい解説(歌舞伎みたいなイヤホンガイド)、見所の宣伝みたいなものがあるといいですね。一番興味が出るのは野村萬斎さんのようなイケメンがたくさんいて、マスコミに登場することかしら?ウフフ・・

 それにしても薔薇の色美しいですね。

 

ムーコさんへ

こんばんは。
コメントありがとうございました。

文学講座のレポート、楽しんでいただけたら嬉しいです。
先生の受け売りや、うろ覚えの知識で書いたので、かなり適当な感じですが(笑)。

ムーコさんは三味線やお茶もやっておられるので、私よりもずっとこういう芸事の問題には詳しいのではなかろうかと思います。
講演をしてくださった先生は、もともと能や狂言がお好きなのだと思いますが、その分能楽界が抱える問題についても憂えておられるようなご様子でした。
観に行っているだけでは判らない問題があるんだなあと、お話を聞いて、私は初めて知りました。

歌舞伎の役者さんと違って、能楽師はほとんどメディアに登場しませんよね。
狂言師の野村萬斎さんや、和泉元彌さんは時々出ていらっしゃいますが、能のシテ方の若手は全然です。
もうちょっとメディアへの露出を増やしても良いのでは?と、私も思うんですけれどね~。

薔薇、褒めてくださってありがとうございました。
今年の春は2輪咲きました♪
また秋に花をつけてくれれば良いな~と思っています。

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