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あゆ

Author:あゆ
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着物にハマった(今のところ)専業主婦
ふだん着物の事、徒然に書いてます。

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八王子・金剛院の骨董市・・・のはずが高尾山

八王子の金剛院では、春と秋のお彼岸に合わせて年に2回、骨董市「弘法市」が開かれるそうです。

秋の弘法市がちょうど今日17日に行われるという情報をゲットしたので、出かけてみることにしました。
ところが!!
雨のために9月30日に順延ですって
意気揚々と八王子にやってきた私、金剛院の前でがっくりと落胆。

・・・そんな~、せっかく山を越えてやってきたのに
町田のがらくた市の時もそうでしたが、山梨は雨降っていないのに、山を越えると雨が降っているんですよね。
なので、まさか雨は降っていないだろうと、可能性すら考えずにおりました。

このままとんぼ返りするのは電車代がもったいないし悔しいので、近くにある高尾山に登ってみることにしました。
今まで一度も行ったことがなかったのでね~。

そんなわけで、JR八王子から京王線に乗り換えて高尾山へ。

高尾山口

連休中ということもあって、観光客が沢山おりました。
しっかり山登りの装備をしている方もいれば、もの凄くラフな格好の大学生?まで。
私はジーンズにTシャツ&スニーカーというお気楽スタイルです。

麦とろセット

山に登る前に腹ごしらえを。
お蕎麦屋さんで麦とろセットをいただきました。
これに小さいお蕎麦もついてきて1200円♪
粘りの強い自然薯が美味しかったです。

高尾山リフト

山に登るといっても、私はリフトを使いました。
涼しくて気持ちいい~♪
山ではまだ蝉が鳴いていて、夏の雰囲気が残っていましたよ。

高尾山

リフトを降りたらなんと!
虹がかかっているのが見えました。
ちょっと写真では見えにくいのですが、とっても大きな虹でした。

高尾山2

山霧がかかっていて、幻想的な雰囲気に。

高尾山3

山登りといいつつも、舗装がきちんとされているので歩きやすかったです。
でも、やっぱり上り坂は疲れますね。
こんな事では本当の山登りはできないなあ

高尾山4

高尾山・薬王院。
山頂へは、ここからさらに20分ほど上がらなければいけないのですが、ヘタレな私はここをお参りして下山することにしました。
今回は突発的に訪れたので、次にくる時はもっと計画を立ててから登ってみようかと。
骨董市はやっていなくて残念だったけど、行ったことがなかった高尾山には遊びにいけたので良かったと思います。

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能と狂言1

先日の文学講座、第1回目の講義は、「能と狂言」の総論的な内容でした。
内容そのままをここに書くのは退屈なので、私が面白いな~と感じたことを徒然と。

能と狂言というのは、室町時代の前半辺り(南北朝時代)にはほとんど現在に近い形まで完成していたそうです。
約650年くらい昔のこと。
今では「能楽」と言いますが、当時は「猿楽(申楽とも)」と呼ばれておりました。
「猿まねの芸能」→「猿楽」になったという説や、「散楽」という芸能から派生して「猿楽」になったとか、いろいろ説はありますが、「猿まねの芸能」の方がそれらしいなあと私は思っています。

というのも、最初の頃は、今のように幽玄な舞台ではなくて、笑い要素を多分に含んだ「劇」だったからです。
「能と狂言」と、あたかも「能」の方が先に出来上がったかのような印象ですが、先生によれば、もともと狂言的な音楽劇だったのが、世阿弥という天才の出現によって、今のような形に変わっていったのだろうと。

この世阿弥という人の名前は、歴史の教科書にも出てきますね~。
観阿弥・世阿弥とセットになって書かれることが多いですが、世阿弥は観阿弥の息子さんです。
観世元清というお名前で、現在まで続く能楽界の最大流派「観世流」のご先祖。

この世阿弥さん、幼い頃から花も恥じらう美少年であったらしく、12歳の時、室町幕府の将軍足利義満公に見初められたというのは有名な話です。
ちなみに義満公は、この時18歳だか19歳。
まあ、男色は武士のたしなみということで、当時は普通でした。
(余談ですが、武田信玄公が高坂弾正(♂)にラブレターを送っていた・・・というのは地元でも有名らしい)

さて、今でこそ能楽師というと高雅な雰囲気が漂いますが、室町時代は「犬以下」の扱いを受けていた身分の低い芸人でしかありませんでした。
しかしながら世阿弥さんは、室町将軍の小姓となって、和歌・連歌・蹴鞠や香道などなど、貴族的な教育を受けることになったわけです。
当時最高の知識と教養を得た世阿弥さんは、それまでの「猿まね」的(←庶民的)な舞台から、将軍や武家・公家社会に受け入れられる幽玄な舞台へと作り替えていったのでしょう。
「夢幻能」という形式を作ったのはこの世阿弥さんですが、夢幻の中で源氏物語や伊勢物語などのエピソードを散りばめていったわけです(←つまり、夢オチなんですけれどね)。

ちなみに、世阿弥という人は、役者であり、脚本家であり、プロデューサーでもありました。
彼が作った能の中に「井筒」という有名な演目がありますが、ほとんど変わることなく、今でも演じ続けられています。
現在でも演じられている演目は180曲~250曲くらいあるそうなのですが、その半分以上が、室町時代が終わる頃までに出来上がっていたそうです。
新曲というのは、ほとんどできていないらしい。

その後、江戸時代に入ると、能楽は将軍や大名によって保護されました。
江戸城では、ほとんど毎日、何かしらの舞台が行われていたそうです。
本丸に二つ、大奥にも一つくらい能舞台が設けられていたそうですからね。
新しい演目が作られることはほとんど無いかわりに、どんどん洗練された舞台になっていきました。
庶民の間で歌舞伎が流行っても、能楽は幕府の儀式に用いる「式楽」だったので安泰。
庶民に縁遠い芸能になっていったのも、こういう怠慢さが原因なのだそう。

明治維新が起こると、幕府や大名に保護されていた能楽界に衰退の危機が訪れますが、明治政府の高官や財閥の皆様にまたまた保護されました。
本当の危機が襲ってきたのは、太平洋戦争~現在。
観客動員数は、今では歌舞伎の1/10くらいなのだそうです。
有権者に保護されて安穏としていたツケが、戦後になって回ってきたらしい(←先生の意見です!)。

例えば、国立能楽堂の観客席は約700席くらいなのですが、満席になる舞台はほとんど無いそうです。
1日2回公演をやって、両方満席にできるのは、今の能楽界では野村萬斎さん(←狂言師)だけ。
能・狂言という単語は知っていても、実際の舞台を観に行った事のある人は、ほとんどいないんじゃないだろうか・・・と、先生は憂慮されておりました。
特に若い人はその傾向が顕著であろうと。
同じ古典芸能であるとはいえ、歌舞伎の人気に比べると、能楽はかなり寂しいな~とのこと。
(そのうち無くなっちゃうんじゃないかなあ・・・と心配もされていました)

こういう流れを書いてみると、世阿弥の時代から変わらなかった事が、現状を招いているような感じですね。
世阿弥が、将軍や武士・公家に受けるように、幽玄の美を目指したのは、芸能の世界で生き残るためだったと思うのですよ。
それでも当時は、今の舞台よりも遥かにテンポ良く進んでいて、眠くなるような事はなかったのではないかと。
世阿弥の時代の舞台を1とすれば、現在の舞台は2.5倍くらいの長さに引き延ばされているという話も聞きます。

ともかく、権力者に愛される芸能にしようと室町時代の世阿弥は頑張ったわけですが、平成の世は庶民の時代。
さらには娯楽も沢山あって、あえて能楽を観ようという人は減る一方なわけです。
音楽劇だけをとっても、オペラ、バレエ、ミュージカルなど、選択の幅は広くなりました。

着物も、着る人がだんだん少なくなっているし、伝統というのは、積極的に守っていかなければ、衰退していくものなのかなあとも思います。
なので、興味を持つ人を増やして、どんどん広げていかなきゃいけないんでしょう。
能・狂言の場合は、もっと敷居を低くして、若い人たちに観てもらうようにしなければいけない・・・と、能楽界では考えられているようです。
(薪能は、入り口って感じでしょうか)
あとは海外進出でしょうかねえ。

↑こういう事情もありますから、少しでも興味がおありの方は、ぜひ薪能や能楽堂に足を運んでみてください。
難しそう・・・とか、眠っちゃいそう・・・というご心配もあるかとは思いますけれどね。

ちなみに、私が能に興味を持ち、実際に舞台を観に行ったきっかけは、室町時代をいろいろ調べていくうちに、世阿弥という人に興味を持ったからなのでした。
歴女というほどではありませんし、戦国武将にあんまり興味は無い(←信玄公は地元の英雄です!)んですが、何故か室町時代だけ(平安時代も好きだけど)マニアックに好きです。
まあ、基本的に私の趣味は偏りまくりなんですけれどね~。

とりあえず、今日は能・狂言の歴史・・・みたいな記事になりました。
資料で確認してないので、間違った記載がありましたらごめんなさいです。

写真が無いと寂しいので、最後にお嬢の写真を。

お嬢

久しぶりに、ちょっと可愛い写真が撮れました。


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富士山と桜は・・・

雪化粧をした富士山と、満開の桜が一緒になった写真は、これぞ日本!な風景だと思います。
ワンコのお散歩で、富士山が見られるスポットはあるのですが、まだ桜が満開じゃないので寂しい感じ。
河口湖方面に行くと、もっと迫力ある写真が撮れるんですが、甲府より寒いので、桜の開花はまだまだだろうな~と思います。
車が無いので、どちらにしても今は行けませんしねえ。

富士山と桜1

ここは、お花見スポットでもある「信玄堤」です。

4月5日信玄堤

まだ5分咲きくらいですね。
しかし今日は最高気温が20℃近くまで上がったので、桜も一気に花開きそうな感じでした。

山梨県で今桜の花が見頃なのは、樹齢400年のしだれ桜が有名な身延山!

身延山しだれ桜
これは一昨年の写真なのですが、圧倒されるほど美しかったです。
しかし・・・この桜を見る前には、とてつもない試練が!
心臓破りというか地獄の287段の急傾斜な階段を上がらなければ、この桜がある本堂に行き着けないんです。

身延山階段

私はこの階段の途中でぶっ倒れそうになりました。
体力に自信が無い方は、本当に気をつけた方が良いです。
あと、階段の1段がもの凄く高いので、着物で上ろう!というのは無茶だと思われます。
長い坂道がぐねぐね続いているので、根性があれば、そちらで上った方が良いかもです。

まあ、この経験があったからこそ、ダイエットしようと真剣に考えたんですけれどね。
子供とかご高齢の方がサクサク上がっているのに、どうなのよ・・・という感じで。

だいぶ体力も付いたかな~と思うので、今年はリベンジしたいなあ。
お花見に訪れる観光客が少なくなっていると思うので、逆に見やすいかもしれません。

あと、この身延山、「ナニコレ珍百景」で紹介された、もの凄く迫力な鐘突きをする大鐘があるんです。
お花見と一緒に、この鐘突きを見られると良いかも



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HNを改名しました

突然ですが、気分一新、ハンドルネームを改名することにしました。
といっても、むしろ本名に近づいているので、改名というのも変な感じなのですが。

もともとダイエットブログとして始めたこのブログ、少々の自虐をこめて「マルポチャ」というHNを使ってきたのですが、そろそろ良いかな~と思うに至ったわけです。
今後もダイエット(というか、自己管理)は続けていくつもりですが、とりあえず「マルポチャ」は卒業!
今後は夏の風物詩であり、清流を泳ぐスマートな「あゆ」を目指したいと思います。
浜崎あゆみさんに憧れて・・・ってわけじゃないですよ~。
本名にちゃんと「あゆ」が入っておりますからね

そんなわけで、遊びに行った先のブロガーの皆様、今後ともよろしくお願いいたします。

あゆです

このリアルな「鮎」のブローチは、去年の秋くらいに買いました。
夏になったら、帯留として使ってやろう!と思っているところです。
ブルー系の帯締めを清流に見立ててつけると良いかも?

他にも綺麗な魚とか、クジラ、イルカなどが売っていたんですが、可愛いので、ちょっとずつ増やしていければ良いなあと思いました。
ひとつずつ全部手作りなんですよ。
また見つけたら、ご紹介しようと思っています(作っている方の名前が分からなくなってしまったので)。

白鷺

さて、ワンコのお散歩をしていたら、白鷺が電線に止まっているのを見つけました。
細い電線に止まれるんだ・・・とちょっとびっくり。

4月4日の桜

ソメイヨシノも、ぼちぼち咲き始めていますね。
この桜は5分咲きくらいでしょうか。

今、我が家の車が修理に出されているので、お花見は歩いて見られるご近所です。
それでも春が満喫できるので、嬉しいなあ。

朝・夜はまだまだ寒いですが、お天気の良いお昼は暖かくなってきました。
こうやって、少しずつ季節は進んでいくんですね。
寒い冬はいつか終わって、必ず暖かい春が来る。
四季が巡る国に生まれたことを、感謝します。

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山口県民にできること

マルポチャの亡くなった祖父は画家でした。
好んだ題材は薔薇や魚、果物といった身近なものが多かったのですが、「周防灘」という風景画も沢山描いていました。
瀬戸内海に浮かぶ小さな「祝島」によく出かけていって、港から見える風景を絵にしていました。

祝島から

風光明媚な祝島ですが、1982年から「上関原子力発電所」の建設計画と戦っています。
今から28年前に持ち上がった計画です。
大変恥ずかしいことなのですが、祖父との関わりで身近な問題であったはずなのに、私は最近までこの問題の存在を知りませんでした。
昨年末だったか、建設中止を求める署名にサインしたのですが、その時でさえ「嫌だなあ」くらいにしか思っていなくて、真剣に考えていなかったと思います。
しかしながら今、福島第一原子力発電所の事故の収束を毎日祈りながら待つ中で、この「上関原子力発電所」の問題を思い出しました。

祖父が描いたこの絵・・・毎日見ていたはずなのに、今日まで全く気づかなかった。
祝島から見たこの風景、向こう側に見えているのは原子力発電所が建設されようとする上関町なんです。

祝島地図

原子力発電所の問題は、今後間違いなく重要課題として取り上げられるでしょう。
ただ、現在稼働している発電所を、一気に停止させることは現実問題としてなかなか難しいのではないかと思います。
(電力供給の問題もあるし、そこで働いている人たちの事も考えなければならないだろうし・・・)

しかしながら、この上関原子力発電所は、すでに出来上がって電気を生み出しているわけではなく、まさに今から建設されようとしています。
つい先日の2011年2月21日、建設工事が再開されました。
(福島の事故があってから、再び中断しています)

現在、日本で新設計画が進められている原子力発電所は、

・大間原子力発電所(青森県)
・東通原子力発電所(青森県)
・浪江・小高原子力発電所(福島県)
・上関原子力発電所(山口県)

があるらしい。この内、東通原発と浪江・小高原発は、東京電力が建設計画を進めています。
ただ、東北関東大震災で被災した、青森県・福島県は、このまま建設続行できるかどうか疑問です。

となると、問題はマルポチャの出身地である山口県。
4月10日には県議会議員の選挙があります。
そこで上関原子力発電所の問題が取り上げられるのかどうかは分かりませんが、これを機会に、山口県民には是非真剣に考えてほしいと思うのです。
私に選挙権は無いのですが(←山梨県民なので)、やはり無関心ではいられません。

福島第一原子力発電所の事故では、約220キロ離れた東京にまで放射性物質が飛散して、上水道に問題を引き起こしました。
乳幼児を抱えたお母さんたちは、ミネラルウォーターを探し求めて大変だったと思います。
さらには福島の近隣県の野菜や牛乳にも、基準値以上の放射性物質が検出されたり、検出されなくとも風評被害が起こったりしています。
そして想像もできないほどご苦労されているのは、地震・津波の被害に加え、30キロ圏外に退避しなければならなかった方々でしょう。
何とか被害を食い止めようと現場で作業されている人々もやはり被害者です。

もし仮に、上関原子力発電所で、これと同じような事故が起こったらどうでしょうか?
東京は、福島第一原子力発電所から約220キロ離れています。
地図上で、上関からの距離を調べてみると、

<中国地方>
山口市:70.4㎞  広島市:69.4㎞ 岡山市:189㎞ 松江市:200㎞

<四国地方>
松山市:60.6㎞ 高松市:185㎞ 高知市:133㎞ 徳島市:226㎞

<九州地方>
福岡市:160.5㎞ 大分市:82.2㎞ 佐賀市:182㎞ 
長崎市:240㎞ 熊本市:173㎞ 宮崎市:230㎞ 

220㎞くらいに含まれているのは、↑こんな感じです。
同じ規模の事故が起こったら、甚大な被害が出ます。
「瀬戸内海は大きな地震が無いから、想定していなかった」・・・では済まされないのは、今回の事故で明らかです。
中国地方、四国、九州、沢山の農家、酪農家、畜産家がいらっしゃいます。
大切に育ててきたはずの作物、動物に、摂取制限、風評被害が出たら?
乳幼児に水道水が飲ませられなくなったら?
退避命令が出て、自分の家に帰れなくなってしまったら?

上関原子力発電所の建設理由は、

(1)中国地方の電力需要は,中長期的に緩やかながら着実に増加するものと想定されます。

(2)当社の原子力発電設備の割合は8%程度と,全国の値に比べ半分以下です。
上関原子力発電所1,2号機の運転開始により,原子力・石炭・その他によるバランスのとれた電源構成「ベストミックス」の実現を目指しています。

(3)当社は原子力の開発を中心にCO2削減対策に取り組んでいます。上関2号機が運転開始すると,当社のCO2排出原単位※は1990年比5割程度の削減となります。

↑こういう理由で、今後も建設しなければならないのでしょうか?
建設計画が持ち上がったのは1982年、バブル景気が起こるより前の話です。
今の時代に、当時「想定した」のと同じほどの電力需要があるのか? 必要なのか?
中国地方は、計画停電をしなければいけないほど、電気が足りないのか?

東北関東大震災では本当に多くの人がお亡くなりになっています。
その人たちは「原子力発電反対!」と訴えることもできません。

だからこそ、被災をしなかった山口県の皆さんには、未来をみすえて真剣に考えてほしいと思うのです。
この問題についてちゃんと考えて、選挙に行ってほしい。
それもまた、被災地の皆さんのために、今できることではないでしょうか。

そして、山口県の近隣にお住まいの皆さんも、どうか他人事だとは思わず「上関原子力発電所建設問題」を考えていただきたいのです。
中国地方・四国・九州は、ふだん思っている以上に近いし、密集しています。
海の上を風が吹けば、あっという間に放射性物質は拡散してしまうでしょう。
美味しい魚が食べられる大切な海も、汚染されてしまうかもしれません。

山口県民で、このブログを読んでくださる方がどれほどいるか分かりませんが、選挙も近いということもあり、訴えずにはいられませんでした。
着物ブログで政治的な話をするのも心苦しいのですが、日本の未来のためを思って書かせていただきました。
延々と長文になってしまって申し訳ありません。

<追記>

この上関原子力発電所を取り上げた映画があります。

ミツバチの羽音と地球の回転

今は上映中止となっているようですが、興味のある方は是非ご覧になってください。
公開されたら、マルポチャも観に行こうと思っています。

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日本人は桜に似ている

今日、甲府で桜が開花したそうです。
マルポチャの家の周りにあるソメイヨシノは、まだ咲いていませんが、ちょっと違う種類の桜は綺麗に咲き始めていました。

桜開花1

東京は、節電ということもあって、今年のお花見は自粛らしいですね。
夜のお花見、安全面を考慮すると、なかなか難しいだろうなあとは思うのですが、お昼にちょっとくらいなら良いのではないかな~と思ったりします。
日本人にとって、やはり桜というのは特別なものではないかと思うのです。
世界中を探しても、おそらくこれほど「桜」で一喜一憂する国民もいないんじゃないかと思いますし。

ちなみに、何かで読んだことがあるのですが、日本人は「桜」に似ていると表現されていました。
桜の一つ一つの花は、あんまり華やかでもないし、個性があるわけでもないけれど、全てが一斉に咲くと、どんな花にも負けない。
山を覆い尽くすほどの桜は、他の花ではありえないようなパワーを感じさせる・・・とのことでした。
うん。なかなか良いではないですか。
桜の花のように、みんなで頑張って、日本という国をもり立てていければ。

そういえば、今夜行われていた日本代表vsJリーグ選抜のチャリティーマッチも、すごく感動的でしたね。
国歌斉唱の時、黙祷の時、あれほど沢山の人が集まっているというのに、心が一つになっているようで、涙が出そうになりました。
試合結果以上に、元気をもらえた、そんな試合でした。

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笑顔を忘れないように

いろいろ考えすぎてしまい、ふと鏡を見たら、眉間に皺を寄せている自分がいた。
う~ん、いかんな~。

ワンコの散歩をしていると、子供たちが元気よく下校しています。
ワンコを見て、「可愛い! 触っていい?」と話しかけてきてくれる子もいます。
そんな子供たちの無邪気な笑顔に癒されてる自分がいる・・・これはかなりびっくり。
あんまり子供好きってわけじゃなかったんだけどなあ。

でも、笑顔って良いですね。
元気を取り戻すには、まず笑顔からって思いました。
眉間に皺を寄せて、深刻に考えていたって、前に進むことはできないし。

笑顔1

我が家のワンコは、いつでもおバカっぽい笑顔です。
誰にでも愛想が良くて、いつもフレンドリー。
でもこの顔に、凄くほっとするのです(笑)。
何にも考えていなさそうな感じが、気が抜けて良いのかもしれませんね。

気を取り直して、明日からは努めて笑顔でいるようにしようと思います。
気分転換に、ぼさぼさになっている髪もばっさり切ってこようかな~。
そういうのって、意外に重要ですよね。

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改めて着物について考える

昨日、近くのショッピングセンターに買い物に出かけたら、今までと変わらない風景がありました。
ちゃんとオシャレをした女の子たちが、春物の洋服を探していたり、のんびりアイスクリームを食べていたり。
当たり前の風景なんだけれど、何となくほっとします。
そう言えば、主人の整体院に東京から来られている患者さんが、「山梨はのんびりしていて良いですね」って言っていたそうです。
飲料水の問題もあるし、東京の方がまだまだ落ち着かないのかもしれません。

そんな日常の風景を見て気が抜けたところで、ふと「着物」について改めて考えてみました。
「ふだん着物」を目指していたはずなのに、自分にしっかり身についていなかったのだな~と、つくづく思います。
今回の震災で、着物を着る気にならなかったというのは、やっぱり日常着ではなくて、オシャレ着というか贅沢品というか、そういう意識が自分の中に根強くにあったのだろうと。
洋服よりもハードルがまだまだ高いから、緊急事態が起こると、今まで通りの習慣に戻ってしまうんですね。
自粛ムードが強くても、家の中で木綿とかウールとか、そういうふだん着物を普段着としてお召しになられている方は、本当に尊敬したします。
震災でご苦労されている方が大勢いらっしゃいますが、それでも被災していない地域の人に向かって「洋服を着るな」とは誰も言わないでしょう。
日常着としての洋服があるなら、着物があってもよかろうと思うわけです。
今さらですが、それが「ふだん着物」なんじゃないかと。
(・・・とは言え、世間からどう見られるか、というのもありますけれどね)

まあ、マルポチャはまだ着物歴一年未満の着物初心者なので、「ふだん着物」の境地には全然立てておりません。
しかしながら、今後少しずつ、着物が日常に溶け込むような生活になれば良いなあという野望は捨てていないのです。
やっぱり着物が好きだ~♪と感じておりますから。

3月11日の地震が起こる前、このブログも、着物ブログに完全シフトさせようと思って、テンプレートを変えたりしていたのですよ。
ブログタイトルも短くしてみたり。
これからどんな着物ライフを送ろうか・・・とつらつら考えていて、ふっと頭に閃いた事がありました。
もっと自分らしいコーディネートを表現してみたいと。
感覚としては、デザインとか絵を描きたいというような感じです。
それまでは好きな着物を好きなようにコーディネートしていたんですが、その中に「テーマ」を持たせてみたいと思いました。
そう思ったら、欲しい着物も一気に変わって、好きなものから、表現できるようなものが欲しいと感じました。
なかなかピンとくるような着物は無いんです。
それでも、そういうものを探している時間が、今までよりもずっと楽しくなっていました。

さらに、どうせならもっと綺麗に着たいというような欲求も強くなり、肌着とか長襦袢とか、そういう物も見直したいと思っていました。
着物の奥深さに改めて気づいた・・・というか。

夏用の長襦袢をどうしよう。洗える素材が良いな~と思って、ポリの長襦袢反物を2本ほど買いました。
↓それがこれ。

シルック長襦袢

東レシルックがポリ素材の中では良いということで探していたら、お買い得品を見つけてしまって。
ちょっと派手ですが、手持ちの長襦袢がフォーマルっぽいのが多いので、こういうカジュアルな感じも良かろうと思ったんですよね。
着物のお仕立ては延期中だけど、長襦袢は良いかと思って、さあ仕立てに出すぞ!という時に、あの地震が起こりました。
それからはもう、着物のことは頭からすっ飛んでいった感があります。

お仕立て代に取ってあったお金は募金したので使えないんですが、う~ん、やっぱり単の時期の洗える長襦袢は欲しいなあ。
無くなるものではないので、もうちょっと保留かなあ。

被災していない人が消費活動をして、経済を回していかないと、日本経済は立ち直らないそうです。
とはいえ私は、洋服が欲しいとは最近全然思わないので、何か買うとしたら着物絡みになりそうな感じ。
とっても素敵なショップを見つけて、ワクワクしていたんですよね。
今まではリサイクル着物ばかりに目が行っていたけれど、そこの反物はマルポチャの好みにドンぴしゃで、一気にファンになりました。

あと、木綿着物も欲しい!
今年の夏は節電しなきゃいけないことを考えると、洗える着物は重宝しますよね。
浴衣も欲しいなあ・・・。

というわけで、結局のところ、マルポチャの物欲は止まることを知らず、今は頭の中でいろいろ妄想だけして楽しんでいます。
長い緊張状態というのは続かないので、気が緩んだ時にこそ何か自分の好きなことを考えなければ。
関東も、牛乳や野菜、水などの問題でピリピリしていますが、こういう時は平常心を保ちつつ、過剰反応しないようにしなければとも思います(←小さなお子さんがいるお母さんは大変です)。
買いだめとか、やっぱりダメですね。

そうそう、他の着物ブログにも、そろそろ遊びに行こうかな~と思い始めているところです。
しばらく自粛していたんですが、東北復興のためにも、みんなで元気を出して頑張らなければ!
「着物は日本の文化だ!」「日本人の誇りだ!」といろいろ大義名分を考えてみたりもしましたが、結局、好きなことを楽しくやるのが一番なんじゃないかと思うわけです。
もちろん、今もご苦労をされている方の事は重々心に留めつつ・・・。

あらら、今回もまた長文になってしまいました。
ここまで読んで下さった方、ありがとうございます。
自分の思ったことを書いておりますので、もし不快に思われた方がいらっしゃいましたら申し訳ありません。
しかしながら、私が言いたいことはただ一つ。

着物も含めて、やはり日本という国が好きだ!ということなのです。

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静岡で地震!?

今、大きく揺れました。
ここは震度5弱くらい。
震源地は静岡のようですが・・・。


<追記>

ガタガタっと揺れて、すぐに止まりました。
特に我が家には問題無さそうです。
お嬢は吐いたけど・・・。
やはり、神経質になっているのかもしれませんね。

ご心配をおかけしました。

買い占めは止めましょう

計画停電が始まって2日目となりましたが、マルポチャの住んでいる地域は、今のところまだ停電にはなっていません。
1日目はお昼頃、2日目の今日は6時45分くらいからだったので、必要な電力が間に合ったのかなあと思っています。
しかしながら、3日目の明日は、多分停電するんじゃないかと思います。
午後6時30~10時頃まで。一番電気が使われる時間ではないでしょうか。

明日からまた寒くなるそうなので、被災された皆さんの健康状態が心配です。
ただでさえ防寒する物が少ないのに、さらに寒くなったらと思うと・・・。
まだ助けを待っている方も、身動きができない状態で気温が下がれば、生命力が低下してしまう。
ここのところ節電のためエアコンを切っていますが、山梨も夜になると冷え込んでくるので、家の中にいてもちょっと寒いです。
それでもマルポチャはダウンジャケットを着込んだり、お風呂に入ったりして温まれますが、被災地はそうもいきません。
想像以上に、被災された皆さんはお辛いだろうと思います。

さて、今日はちょっと買い物に出たのですが、驚くべきことに、様々な物が店頭から消えていました。
ガソリン・灯油は売り切れの店が続出。
これはニュースを見ていると、都内も同じなんだと分かりました。
山梨は車社会なので、ガソリンの需要も高いはずですが、車の行列があちこちにできているような光景は初めて目にしました。
30分待ちとか、普通にあるそうです。
ガソリンや灯油の供給元が品薄になっているかららしいのですが・・・。

あと、無くなっていたのが、トイレットペーパーやティッシュペーパー、電池、カセットコンロ用ガス、炭など。
被災地に送ったから品薄になっている・・・というのならまだ良いんですが、どうやら状況が違うらしい。
今後に備えて買い占めている人がいるとのこと。
ニュースでも、やはり都内で同じような買い占めが起きているというのをやっていました。

どうも、多くの人々が神経質になっているような気がするのです。
確かに衝撃的な地震・津波の映像を目の当たりにし、さらには原発の問題まで次々に出てきますから、神経はピリピリするし、不安になる気持ちも分かります。
計画停電も行われていますから、懐中電灯とかラジオとか、十分に準備しておかなければという気分にもなるでしょう。

ただ、ほとんど被災していない地域の人が、いろいろな物を買い占めてしまうと、肝心の被災地に物資が届かなくなるのではないかと心配です。
少なくとも山梨は物流は通常通りですし、関西方面からの荷物はいつも通り届けてもらえています。
都内に比べても混乱は少なく、マシだと思うのですが、それでも物が無くなるってどういうこと?と思わざるを得ません。
(↑食料品とかは十分にあります。一部の物が綺麗さっぱり消えているという感じ)
今、買い占めなくても、少し待てば入荷されると思うんです。
それでもこういう事態になってしまうのか・・・と、集団心理の怖さを感じました。

被災地の皆さんのためにできること。
無駄な買い占めはとにかく止めてほしい。
この瞬間にも、物が無くて困っている人たちがいることを、忘れないでほしい。

今日は外出して、そんな風に思いました。

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